全カテゴリー主な出来事一般・消化器外科小児外科心臓血管外科呼吸器外科
 
1910
1920
1930
1940
1950
1960
1970
1980
1990
2000
2010
1858
主な出来事福澤諭吉が慶應義塾開塾、江戸築地鉄砲洲に蘭学塾を開いた
1920
主な出来事済生会芝病院(現済生会中央病院) 外科医長であった茂木蔵之助が初代教授となり、外科学教室が8人体制で発足した
主な出来事慶應義塾大学病院 開院
1946
主な出来事整形外科教授であった前田和三郎が外科学教室主任教授に就任、戦後の教室再興が始まった
1950
呼吸器外科石川七郎が本邦で初めて閉鎖式気管内麻酔による肺癌手術を実施した
1952
一般・消化器外科阪口周吉が初代血管班班長として血管班を発足した
一般・消化器外科旧胃研究室の発足 胃鏡研究の開始
呼吸器外科結核病棟「ほ号棟」(後の2号棟)が建設され、肺結核の先進的外科治療が開始された
心臓血管外科第1例手術(動脈管結紫術)を実施した
1956
心臓血管外科人工心肺を用いて8歳男児の心房中隔欠損症の根治手術に成功 開心術時代の幕開けとなった
一般・消化器外科赤倉一郎が外科教授に就任 食道外科の創設・発展に尽力し、その後の食道班、現在の上部消化管班の礎を築いた
1965
小児外科伝田俊男が国立小児病院初代外科医長として着任 小児外科研究グループは勝俣慶三が率いた
一般・消化器外科島田信勝が世話人となり、第2回乳癌研究会が北里記念図書館で開催された
1967
主な出来事医学部50周年記念式典
1970
呼吸器外科石原恒夫が肺外科研究室を担当、気管・気管支外科の精力的な臨床・研究を開始した
1972
小児外科横山穣太郎、難波貞夫らが直腸肛門内圧測定器具としてKY式マイクロバルーンを開発した
心臓血管外科井上正が赤倉一郎の後任として教授に就任 胸部外科を担当した
1974
小児外科伊藤泰雄が初めて米国ハーバード大学マサチューセッツ総合病院(MGH)小児外科研究室のPatricia K. Donahoe教授のもとへ留学 以降、定期的な留学交流が始まった
1976
主な出来事石川七郎が第76回日本外科学会を主催した
1980
一般・消化器外科榎本耕治が胸筋切除の有無が再発率に寄与しないことを報告した
1982
一般・消化器外科阪口周吉(浜松医科大学)が第1回日本静脈学会を主催した
1984
心臓血管外科井上正が第14回日本心臓血管外科学会学術総会を主催した
一般・消化器外科人工心肺を使用した肝切除第1例(肝細胞癌・内側区域切除および右房内腫瘍栓除去)
1986
心臓血管外科井上正が第39回日本胸部外科学会定期学術集会を主催した
一般・消化器外科阪口周吉(浜松医科大学)が第9回世界静脈学会を主催した
1988
一般・消化器外科阪口周吉(浜松医科大学)が第29回日本脈管学会を主催した
1990
呼吸器外科石原恒夫が慶應がんセンター教授に就任 第7回呼吸器外科学会総会を主催した
心臓血管外科川田志明が慶應義塾大学胸部外科の第2代教授に就任した
一般・消化器外科掛川によって導入された縦隔リンパ節郭清を伴う食道切除術は、第2代班長 安藤に引き継がれ、慶大外科における3領域リンパ節郭清を伴う食道切除術の有効性が報告された
1992
一般・消化器外科渡邊昌彦がわが国で初めての腹腔鏡下大腸切除術を成功した
呼吸器外科小林紘一が外科学(呼吸器)初代教授に就任した
一般・消化器外科移植班の設立
1995
一般・消化器外科生体肝移植第1例(胆道閉鎖症)
小児外科慶應義塾大学病院初の生体肝移植が成功した
1997
一般・消化器外科榎本耕治を会長とし、第5回乳癌学会学術総会を開催した
心臓血管外科向井千秋がスペースシャトルに搭乗した
心臓血管外科川田志明が第50回日本胸部外科学会を主催 本邦の胸部外科学の歴史を『日本胸部外科学会50年の歩み』として編纂した
1999
心臓血管外科川田志明が 大動脈国際シンポジウム“Strategy for Cardio-aortic and Aortic Surgery” を開催した
主な出来事北島政樹が慶應義塾大学病院長に就任した
2001
心臓血管外科アジア第1例目となるロボット手術(da Vinci、僧帽弁形成術)を行った
2003
呼吸器外科小林紘一が第56回日本胸部外科学会定期学術集会、第20回日本呼吸器外科学会総会を主催した
一般・消化器外科血管再生療法(自家細胞移植)の臨床試験を開始した
一般・消化器外科進行直腸癌に対する術前化学療法の有用性を報告した
2006
一般・消化器外科末梢動脈疾患に対する血管内治療を開始した
小児外科慶應義塾大学病院初の生体小腸移植が成功した
呼吸器外科小林紘一、川村雅文らが肺悪性腫瘍に対する凍結融解壊死療法の成績を報告、切除不能ハイリスク症例に対する有用な治療選択として発信した
2008
一般・消化器外科側臥位と腹臥位を併用したHybrid体位による胸腔鏡下食道切除術を導入した
心臓血管外科四津良平がAATS MITRAL CONCLAVE workshop を開催した
主な出来事慶應義塾創立150年記念式典
主な出来事慶應義塾大学医学部外科学教室医局が別館から臨床研究棟に移転した
2010
小児外科森川康英が第23回日本内視鏡外科学会総会を主催 未来を拓く内視鏡外科−異端と先導ーを総会テーマに掲げた
2013
小児外科産科、小児科らとともに周産期・小児医療センターを発足した
心臓血管外科心臓血管低侵襲治療センターを立ち上げ、ハイブリッド手術室を開設した
一般・消化器外科ハイブリッド手術室での治療を開始
一般・消化器外科脳死肝移植第1例(劇症肝炎)
一般・消化器外科機能的端々吻合による体腔内吻合を導入した
2016
一般・消化器外科北川雄光が国際食道学会の会長に就任した
呼吸器外科漏斗胸専門外来を開設し成人漏斗胸の専門的治療・研究を開始した
小児外科黒田達夫が第58回小児血液・がん学会を主催した
2018
小児外科黒田達夫が the 51st Annual Scientific Meeting of the Pacific Association of Pediatric Surgeons (PAPS 2018)を主催した
主な出来事慶應義塾大学病院 新病院棟 開院
一般・消化器外科井本滋が日本乳癌学会理事長に就任した(至現在)
一般・消化器外科尾原秀明をセンター長として慶應義塾大学病院臓器移植センターが設立された
2020
主な出来事北川雄光が第120回日本外科学会を主催した
主な出来事慶應義塾大学医学部外科学教室が創設100年を迎えた
1917
主な出来事慶應義塾大学医学科が北里柴三郎を医学科長として創設された
1931
主な出来事茂木蔵之助が第32回日本外科学会を主催した
1947
一般・消化器外科島田信勝が一般外科・腹部外科を担当することとなり、一般・消化器外科の礎が築かれた
呼吸器外科石川七郎が外科学教室で肺外科分野を担当することとなり、呼吸器外科の専門的研究・臨床が開始された
1951
心臓血管外科講師井上雄のもと飯塚租、石山季彦、関川大司、間中亨、小泉乙也の5名が別館研究室の一角において動物実験を開始 心臓血管外科研究室が誕生した
主な出来事前田和三郎が第51回日本外科学会を主催した
1954
心臓血管外科心臓血管外科創設期のメンバー
1960
小児外科伝田俊男が外科学教室に助教授として帰室 伝田助教授をリーダーに勝俣慶三、秋山洋らとともに小児外科研究グループが組織された 慶應義塾大学外科学教室における小児外科の専門的研究・臨床の始まりとなった
一般・消化器外科天晶武雄が慶應義塾大学病院に初めて乳腺外来を設け、リンパ節転移個数の確認やパンチカードを用いて乳癌術後患者の経過観察を行ったことが、その後の乳腺班設立の礎になった
1966
小児外科伝田俊男がヒルシュスプルング病に対するSoave-Denda法を発案した
心臓血管外科本邦で初めて人工心肺を用いた上行大動脈人工血管置換術に成功した
主な出来事島田信勝が第66回日本外科学会を主催した
主な出来事赤倉一郎が第19回日本胸部外科学会を主催した
1968
呼吸器外科加納保之が第21回日本胸部外科学会総会を主催した
1971
一般・消化器外科膵頭十二指腸切除第1例(乳頭部癌)
一般・消化器外科都築俊治を初代班長をとして肝胆膵班が創設された
一般・消化器外科尾形佳郎を初代班長として膵臓班が創設された
1973
主な出来事阿部令彦が一般・消化器外科主任教授に就任。食道班、胃班、大腸班、肝胆膵班、乳腺班、小児外科、血管班を編成した
一般・消化器外科掛川暉夫が初代食道班班長に就任 食道班の礎を築いた
一般・消化器外科石引久弥が初代胃班班長に就任 胃外科の基盤を築くとともに、外科感染症学の基盤を築いた
一般・消化器外科肝切除第1例(肝内結石・左葉切除)
一般・消化器外科当時の研究室でモリブデン管球を用いたマンモグラフィーの開発や、whole mount procedureによる乳癌発育の検討が行われ、多彩な研究が行われた
1975
心臓血管外科昭和 50 年代の手術風景
1977
一般・消化器外科小平進が大腸グループを創設し、肛門機能温存術式を積極的に導入した
1981
一般・消化器外科寺本龍生が、経肛門結腸肛門吻合のためのT式持針器を開発した
1983
心臓血管外科井上正が第8回アジア太平洋胸部疾患会議にて事務局長を務めた
1985
小児外科勝俣慶三が第22回日本小児外科学会学術集会を主催した
一般・消化器外科渡邊昌彦が新しい腫瘍マーカーとしてNCC-ST-439を発見した
呼吸器外科石原恒夫が気管支形成術後の吻合部血流評価に関する実験的研究を報告した
1987
主な出来事阿部令彦が第87回日本外科学会を主催した
1989
小児外科勝俣慶三が浦和市立病院(のちにさいたま市立病院に改名)の院長に着任 横山穣太郎が小児外科研究グループを引き継いだ
1991
呼吸器外科呼吸器外科が診療科として独立した
心臓血管外科胸部外科が正式に心臓血管外科と呼吸器外科に分かれた
主な出来事北島政樹が一般・消化器外科教授に就任した
1993
一般・消化器外科大上正裕が早期胃癌を対象として世界初の腹腔鏡下胃局所切除術を開発した
1996
一般・消化器外科小澤壯治らによる胸腔鏡下食道切除術 第1例
1998
小児外科森川康英がヒルシュスプルング病に対するprolapsing technique法を報告した
心臓血管外科本邦第1例目となるポートアクセス開心術(心房中隔欠損根治術)を実施した
一般・消化器外科血液型不適合成人生体肝移植第1例(原発性胆汁性胆管炎)
2000
一般・消化器外科北島政樹が主催した第100回日本外科学会において、da Vinciを用いたLive Surgeryを行った
呼吸器外科小林紘一が第41回日本肺癌学会総会を主催した
主な出来事北島政樹が第100回日本外科学会を主催 皇太子同妃両殿下ご臨席のもと記念式典を行った
2002
心臓血管外科四津良平が慶應義塾大学医学部外科(心臓血管)第3代教授に就任した
2004
小児外科森川康英が小児外科の初代教授に就任 小児外科は診療科として正式に一般・消化器外科より分離独立した
2007
呼吸器外科小林紘一が第30回日本呼吸器内視鏡学会学術集会を主催した
小児外科森川康英が第44回日本小児外科学会学術集会を主催した
主な出来事北川雄光が一般・消化器外科の教授に就任した
一般・消化器外科食道班と胃班が統合され上部消化管班が発足し、北川雄光が初代上部消化管班長に就任した
一般・消化器外科腹部大動脈瘤に対する企業製ステントグラフト治療を開始した
2009
心臓血管外科四津良平がタイ Somsawalee 王女より表彰された
心臓血管外科四津良平が第62回日本胸部外科学会定期学術集会を開催した
一般・消化器外科単孔式大腸切除術を導入した
呼吸器外科野守裕明が外科学(呼吸器)教授に就任した
2011
一般・消化器外科池田正が日本乳癌学会理事長に就任した(~平成27年まで)
小児外科黒田達夫が慶應義塾大学医学部外科(小児)第2代教授に就任した
2014
一般・消化器外科腹腔鏡下大腸全摘術にtaTMEを併用し、two team operationを導入した
一般・消化器外科早期胃癌に対するセンチネルリンパ節を指標とした縮小手術の有用性を検証するための多施設共同第3相試験が先進医療Bとして開始された
呼吸器外科淺村尚生が外科学(呼吸器)教授に就任した
心臓血管外科修正大血管転位に対する大動脈移転術と右房内血流転換術による完全ダブルスイッチ手術を国内で初めて成功させた
心臓血管外科志水秀行が慶應義塾大学医学部外科(心臓血管)第4代教授に就任した
2017
主な出来事北川雄光が慶應義塾大学病院長に就任した
主な出来事慶應義塾大学医学部創立100年記念式典
一般・消化器外科林田哲をセンター長として慶應義塾大学病院ブレストセンターを設立した
呼吸器外科淺村尚生が第58 回日本肺癌学会学術集会および第18 回世界肺癌学会議 (WCLC: World Conference on Lung Cancer) を主催した
心臓血管外科志水秀行が日本低侵襲治療学会定期学術集会(JapanMICS summit 2017)および日本経カテーテル心臓弁治療学会学術集会(JTVT2017)を主催した
2019
呼吸器外科淺村尚生が第10回アジア胸部外科クラブ (ATSC: Asian Thoracic Surgical Club) を主催した

福澤諭吉先生

慶應義塾福沢研究センター提供
安政5年(1858年) 福澤諭吉先生 慶應義塾開塾、蘭学塾を開く
明治6年(1873年) 福澤諭吉先生 慶應義塾医学所の設立
 英米の医学書をもって講義を行った

福澤諭吉先生による七言絶句 贈医(医に送る)

慶應義塾福沢研究センター提供
げんしゅえい天また人
医師 うをめよぜんしんなりと
ろうめいの手と
しゅだんたつするのへんしんなり
医学というものは(天また人)自然と人間との限りない(輸贏まけかち)知恵くらべの記録のようなものである。医師よ、自分たちは自然の家来に過ぎないなどと言うてくれるな。離婁のようなすばらしい眼力と麻姑のような行きとどいた手をもって、あらゆる手段を尽くしてこそ初めてそこに医業の真諦が生まれるのである。

北里柴三郎博士

大正6年(1917年) 慶應義塾大学医学部 創設
初代医学科長 北里柴三郎博士

茂木蔵之助

外科学教室 初代教授 茂木蔵之助(大正9年〜昭和20年)の著書

「虫垂炎」
「茂木各論上巻」

病院創設当時の外科手術室

石川七郎

石川が輸入したHeidbrink閉鎖循環式麻酔器
石川七郎が米国製閉鎖循環式麻酔器を輸入し我が国で初めて気管内麻酔による肺癌手術を行った。

血管班の発足

初代血管班班長
阪口周吉
1952年に血管班を発足し、動脈疾患のみならず、静脈疾患やリンパ管疾患にも着目し、日本の血管外科学の基礎を築いた。1972年世界初の下肢静脈機能検査法を開発し、J Cardiovasc Surg誌に発表した。
Sakaguchi S et al. Functional segmental plethysmography: a new venous function test (preliminary report). J Cardiovasc Surg. 1968;9:87–98

旧胃研究室の発足 胃鏡研究の開始

Schindler & Wolf 軟性胃鏡(昭和27年当時使用したもの)
Gastro-Photo-Scope(慶大外科考案)

心臓血管外科創設期のメンバー

伝田俊男

天晶式鈎の開発

Skin sparing mastectomy の視野展開で使用される様子
1960年に天晶武雄が慶應義塾大学病院にはじめて乳腺外来を設け、乳腺班設立の礎になった。
さらに、天晶が開発したオクトパスリトラクター、天晶式鈎は現在に至るまで引き継がれ、乳房手術における理想的な開創を可能にする器械として愛用されている。

赤倉一郎

第19回日本胸部外科学会を主催した赤倉一郎教授
昭和41年 第19回日本胸部外科学会において、赤倉一郎は、本邦における食道癌手術死亡率をまとめ、食道癌手術の困難性について報告した。

肝胆膵班の創設

肝用手離断法:Finger fracture technique
Tsuzuki T et al.. Surgery 72(3):395-400, 1972
初代胆道班班長
都築俊治
昭和46年(1971年) 初代班長を都築俊治として肝胆膵班が創設された。
肝臓は都築を中心として発展を遂げた。都築は肝門部胆管癌など数多くの高難度手術を実施し、日本の肝臓外科のパイオニアの一人となった。

膵臓班の創設

幽門輪温存膵頭十二指腸切除(PPPD)
Ogata Y. et al. J Hepatobiliary Pancreat Surg, 9:223–232, 2002
術中放射線照射・門注化学療法
Shin T, Ogata Y. et al. Digestion 60(suppl 1):130–134J 1999
初代膵臓班班長
尾形佳郎
膵臓外科は尾形佳郎が初代膵臓班班長として牽引し、門脈/動脈合併切除を伴う膵頭十二指腸切除術を積極的に実施した。膵全摘、肝切除+膵頭十二指腸切除などの拡大手術にも果敢に挑戦し、膵臓外科医のトップリーダーの一人となった。
膵臓班からは術中放射線療法、門注化学療法、腹腔鏡膵切除などの膵癌集学的・低侵襲治療に関する数多くの知見が発信された。

石引久弥

初代胃班班長
石引久弥

昭和 50 年代の手術風景

榎本耕治

班長 榎本 耕治
1986年以来、症例を選んでquadrantectomy+リンパ節郭清による手術を開始した。

寺本龍生

寺本龍生
1981年に寺本龍生が、経肛門結腸肛門吻合のためのT式持針器を開発した。
下部直腸癌手術における肛門機能温存の概念がさらに広まった。

井上正

第8回アジア太平洋胸部疾患会議にて皇太子同妃両殿下(当時)とともに事務局長の井上(前列左から5番目)

石原恒夫

Ishihara T, et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 1985;89:665–672
石原恒夫が気管支形成術後の吻合部血流評価に関する実験的研究を報告した。
詳細な検討は今日でも広く引用されている。

掛川暉夫

初代食道班班長
掛川暉夫
第2代班長
安藤暢敏
掛川によって導入された縦隔リンパ節郭清を伴う食道切除術は、第2代班長 安藤に引き継がれ、慶大外科における3領域リンパ節郭清を伴う食道切除術の有効性が報告された。
Incidence of lymph node metastasis according to the location of the tumor.
Survival curve of p stage IIa to IV patients according to the date of surgery (P < .001). Ando N, et al. Ann Surg 2000.

渡邊昌彦

1992年に渡邊昌彦が大腸癌に対する日本初の腹腔鏡手術を施行した。
以後、本邦で腹腔鏡下大腸切除術は急速に普及した。

移植班の発足

血液型不適合移植:門注療法
Tanabe M. et al. Eur J Clin Invest. 40(10):943–9, 2010
初代移植班班長
島津元秀
平成 4 年(1992年)に移植班が設置され、初代班長として島津元秀が移植外科を統括した。
これまで血液型不適合移植に対する門注療法をはじめ数々の新知見を世界に発信した。

大上正裕

早期胃癌を対象として世界初の腹腔鏡下胃局所切除術を開発した大上正裕
内視鏡外科の領域横断的なパイオニアとしての多くの功績を残した。

向井千秋

向井千秋 スペースシャトルに搭乗

森川康英

第100回日本外科学会

第100回 日本外科学会 を 北島政樹が主催
皇太子ご夫妻をお招きしての記念式典

小林紘一

Kawamura M, et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2006;131(5):1007–13.
小林紘一、川村雅文らが肺悪性腫瘍に対する凍結融解壊死療法の成績を報告。
切除不能ハイリスク症例に対する有用な治療選択として発信した。

企業性ステントグラフトを用いた治療

腹部大動脈瘤に対する企業性ステントグラフトを用いた治療が開始された。
同時期より、大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術だけでなく、下肢閉塞性動脈硬化症に対する血管内治療も急速に導入が進んでいった。

胸腔鏡下食道切除術の進化

Hybrid 体位と縦隔内徹底郭清の導入

側臥位と腹臥位を併用したHybrid体位による胸腔鏡下食道切除術を導入した。
同時期に胸管を原則として合併切除する方針とし、縦隔内リンパ節の徹底郭清を追求することができる術式として確立した。

四津良平

四津良平がタイ Somsawalee 王女より表彰される

黒田達夫

ハイブリッド手術室

通常の手術室に心・血管X線撮影装置を組み合わせたハイブリッド手術室が、慶應義塾大学病院に新設された。
これにより、大動脈瘤に対するステントグラフト治療や心臓治療(経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)など)など、複雑かつ高度な心・血管領域の低侵襲治療の導入が加速した。

腹腔鏡下大腸全摘術にtaTMEを併用

早期胃癌に対するセンチネルリンパ節を指標とした縮小手術の有用性を検証するための多施設共同第3相試験が先進医療Bとして開始された

早期胃癌に対するセンチネルリンパ節を指標とした縮小手術の有用性を検証するための多施設共同第3相試験が先進医療Bとして開始された。

淺村尚生

淺村尚生が外科学(呼吸器)教授に就任。
MIOS (minimally invasive open surgery) と呼ばれる理論に基づいた胸腔鏡併用直達アプローチによる安全、確実かつ低侵襲,短時間の手術術式を導入した。
MIOS導入以来今日まで手術死亡はゼロであり、全手術件数も大幅に増加した (2013年: 318件→2019年: 578件)。

漏斗胸専門外来を開設

漏斗胸専門外来を開設し成人漏斗胸の専門的治療・研究を開始した。
2020年現在、本邦トップクラスの成人漏斗胸手術症例数となっている。

第58回日本肺癌学会、第18回世界肺癌学会議 (WCLC)

淺村教授が第58回日本肺癌学会、第18回世界肺癌学会議 (WCLC) を主催した。
WCLCでは開会式に皇太子殿下がご臨席され、「Synergy to Conquer Lung Cancer」の標語のもとに、外科治療、内科治療、放射線治療、検診、患者支援など 全領域の研究者が世界中から集結し活発な議論が繰り広げられた。